子どもが1歳半になったので僕なりの『しつけ』を定義付けてみた

0912 子ども 1歳半 しつけ
スポンサードリンク

「しつけ」というのは、言葉でみるととても偉そうな響きを持ちます。

 

親が子をしつける。

 

当たり前と言われれば当たり前のこの行動なんですが、どうしても僕にはこの「しつける」という言葉しっくりきたことはありませんでした。

 

「そもそも27歳の僕が偉そうに子供のしつけなんてできるのか?」

 

などと、必要以上に「しつけ」という言葉を大きく捉えすぎているのかもしれません。

先日しつけについて考える機会があったので、ここに記しておこうと思いました。

 

子どもの命を守るために『しつけ』が要る

うちには今、1歳半の長女と0歳2ヶ月の次女がいます。

どちらも元気いっぱいの赤ちゃん。最近、上の子に関して困らされることがたくさんあります。

 

  • 目に映る新しいもの全てを触る。
  • ちょうどいいサイズなら口に入れる。
  • 猫や妹へのタッチがやたら強い。
  • 登る、登る、とにかく登る。
  • 走る、滑る、見事に転ぶ。

 

その好奇心の強さには日々脱帽しています。

はたから見れば微笑ましい映像ですよね。

ですが、一歩間違えれば死につながりかねません

 

彼女は毎日少しずつ転んだりぶつけたらしながら、日々「痛い」・「辛い」を学んでいます。

今はまだ「死ぬ」「大けがをする」ということは知らないと思います。

 

でも、日常にも「死」や「後遺症が残りかねない大事故」はいくらでもひそんでいます。

テーブルには角があり、キッチンには火があり、飲み込んでしまえる小さなものもたくさんあります。

 

やはりその危険性を伝えるために、しつけは必要なんじゃないか?

そんなことを感じるに至ったわけです。

 

そもそも、しつけって何?

しつけ(躾・仕付けまたは仕付)とは、人間社会・集団の規範、規律や礼儀作法など慣習に合った立ち振る舞い(規範の内面化)ができるように、訓練すること。

概念的には伝統的な子供への誉め方や罰し方も含む。

しつけ – Wikipedia

 

僕は、『しつけ』とはイコール『期待』だと思っています。

つまり、親が子供に「こうなってほしい」と願う形に誘導することです。

 

決して一方的な支配や指示、命令ではなく、あくまで『期待』として親から伝達するもの、という認識です。

 

  • 死んでほしくない。
  • 周りに配慮できる大人になってほしい。
  • どこに行っても恥ずかしくないよう育ってほしい。

 

その前提がある上で、礼儀や作法があり、配慮や気配りがある。

そのために一番近くで一番長く一緒にいる親が、教えてあげなければならないということ。

たぶん、それが、しつけなんでしょうね。

 

しつけと虐待は紙一重

親による一方的な支配、指示、命令は、度を過ぎると虐待となります。

 

つい先日も、親が「しつけ」と称して、子どもにタバコの火を押し付けた事件が話題になりました。

虐待の事件は定期的に僕らの耳に入り、後を絶ちません。

何も知らずに、唯一頼れるはずの親から暴力を受ける子どもたちの気持ちを考えると、ホントに胸が痛くなります。

 

しかしながら、この問題は本当に難しいです。

なぜなら、仮に明らかな虐待だと感じても、「他人の家に口出しするな」と言われてしまうと、他人は何も言えないからです。

 

だからと言って親だから全てが許されるわけではありません。

0歳児だろうが未成年だろうが、彼らにも人権はあります。

 

 

 

しつけを通して気づかされること

さて、最近は「危ない」ということを教えることを意識している僕です。

そんな僕自信、しつけをしていて学ぶことはたくさんあります。

 

それは、自分自身がわからないまま、子どもに教えようとしていることがたくさんあったこと。

 

僕らが日々教えることに対し、子どもに「なぜ?」って聞かれて全て説明できるでしょうか。

 

例えば、簡単な例。「なんで外から帰ったら手を洗うの?」

これは、病気にならないため。風邪を引かないため。とかの説明が可能ですね。

 

或いは、「なんで妹を叩いてはいけないの?」と聞かれたら?

「妹に不快な思いやケガをさせないためだよ。」とでも答えておけば正解ですかね。

 

では、「なんでありがとうって言うの?」

もし子供にこんな風に聞かれたら、何と答えるでしょうか。

 

「それは、挨拶だよ」などと軽く往なしていいものでしょうか?

それとも、「相手の心をありがたいと感じ、受け止め、謙虚な姿勢を示す行為」であることをしっかりと伝えるべきなのでしょうか?

 

意味を知らなくてもいい言葉はたくさんあります。

別に不自由なく生きていけますからね。

 

でも、立ち止まって考えてみると、「あぁ、俺意味わからずこの言葉を使っていたなぁ」と思う言葉がたくさんあることに気づくものです。

 

これこそが育児や子育て、教育の醍醐味ではないでしょうか。

 

  • なぜ空は青いのか
  • なぜ日は東から昇るのか
  • なぜ筋肉痛が起きるのか
  • なぜ風が吹くのか
  • なぜ「いただきます」「ご馳走様でした」と言うのか

 

なんとなく知識として知っていても、説明できないことはたくさんあります。

もちろん「なんとなく」でスルーしてしまうのもアリですけどね。

 

でも、子どもの目線に立ち、常に「なぜ?」という感情を見捨てずにアンテナを張ることで、おもしろい発見がたくさんあります。

今までと違った角度で世の中を捉えることができるようになるんですよね。

 

よく、「子どもの1年が大人の1年に比べて長く感じるのはなぜか?」というのが話題になりますよね。

諸説ありますが、僕は「子どもの1年が刺激的だから」説を信じます。

子どもたちは、毎日新しい物や景色に触れているから、1日が刺激的で長く感じるのではないでしょうか。

 

子育てってのは、おもしろいもんです。

最近は、

 

おっくん
仕事してるよりも子育てしてる方が学ぶことはたくさんあるんじゃないか?

 

とすら思えてきました。

 

 

しつけを通じて親子の気持ちは相互に伝えられる

しつけには、コミュニケ―ションの意味もあります。

素直に言うことを聞かない子どもは、悪い子ではありません。

 

それよりも、親が「無理に自分の思い通りに支配しようとしたこと」を反省すべきかもしれません。

そして人に対して意見ができる、自分の意思を強く持った子どもだと喜びましょう。

 

  • あえて突き放すことも
  • 無言で背中を見せることも
  • 同じ目線でじっくり話しかけることも

 

全て大切なことなんでしょうね。

子育てに正解などありません。

 

他の子と比べるなんてバカなことです。

今の子どものありのままを愛し、受け止めることが大切。

それこそが、僕ら親にできる、最大限の愛情表現であり、しつけなんでしょうね。