心臓に毛が生えている人は羨ましいが、無理にずぶとく生きる必要はない

ツルツル 心臓 毛 生えない
スポンサードリンク
おっくん
あぁ、心臓に毛が生えた男になりてぇ…

 

僕は20代前半の頃、いつもこんな風に悩んでいました。

いわゆる、『気にしすぎ系男子』の僕は、周りからどう見られるか?ばかり考えてしまうんですよね。

 

一方で、世の中にはいわゆる「心臓に毛が生えたような」と例えられる人がいますよね。

 

  • 周りの目を気にしない。
  • 嫌われても何とも思わない。
  • 約束を破ったり、忘れたりしても謝らない。

 

など、自己中心的な性格を例えて言うことが多いこの言葉。

 

ですが、他にも、

 

  • 言いたいことをはっきり言う。
  • 物おじしない。
  • 度胸がある。

 

など、良い意味で例えられたりもします。まれですけどね。

 

日本人は昔からの村社会的性質が残っているからか、心臓に毛が生えた人は少ない印象です。

周りのことを気にしたり、周りと歩を合わせることを大切にする人が多いですよね。

 

空気が読めない人を『KY』とかいう言葉で揶揄するのも、こういう文化ならではのものでしょうね。

 

そのせいか、最近では嫌われることを気にしない本や、『出る杭になろうぜ』的な本がよく本屋の店頭に並んでます。

こういった自己啓発的な本が増えるのも、自分が気にし過ぎであることを悩んでいる人が多い証拠。

 

では、人はすべからく「心臓に毛が生えた」人になるべきなんでしょうか。

 

僕の持論は「ノー」です。

 

おっくん
 心臓に毛なんか生えてなくたっていい。むしろ生えてない方がいい。

とすら思っています。

 

気にする系男子として生きてきた僕

ところで、筆者はまぁまぁ気にしがちな系男子です。

 

  • 大学生の時、遅刻したら大教室に前から入れなかった。
  • 電車でキレイな女性の横の席が空いていても嫌がられたら嫌だから座らない。
  • 友達とのLINEのやり取りでも、誤字脱字がないか送信前にチェック。

 

1人でラーメン屋に入るときは、そこそこ人がいて、でも混み過ぎてない店を選びます。

(混んで来たら周りに申し訳なくて急いで食べなあかんし、逆にガラガラで店員さんに話しかけられたりするのもなんか嫌やし…)

 

などなど…

あなたも、「俺、気にし過ぎかなぁ?」と思う人の1人かもしれません。

 

確かに、いちいち小さいことを気にして心を痛めるぐらいなら、なーんにも考えず生きる方が楽でしょう。

嫌われることを気にせず、自分の生きたいように生きることだって、素敵なこと。

 

でも、気にする人と気にしない人の絶対的な違いが1つあります。

 

それは、気にする人は「優しい人」であるということ。

 

『気にする』人は優しいひと

自分の身の周り限定で申し訳ないですが、僕の周りの「気にする人」は=「優しい人」です。

一方で、心臓に毛が生えた友人も何人かいますが、その大部分とは僕は本音で話せるほど仲良くありません。

 

だって、平気で約束破るし、謝らないし、ありがとうも言えない人が多いから。

だから僕は、心臓に毛が生えた人よりも、心臓に毛なんて生えていない人の方が好きです。

 

いつも自分の周りが笑顔になってもらえるよう、一生懸命頑張っている人が好きです。

そもそも、「嫌われよう」とか「出る杭になろう」みたいな本を2~3冊かじったぐらいでいきなり心臓に毛が生えるわけがありませんからね。

性格は変えられないんです。もー1回言います。

 

性格はそう簡単には変えられない

 

自分の気持ちにウソをついて、無理やり新しい自分を引っ張り出そうなんて思うと、自滅しますよ。

大切なことは「今の自分を変えよう」ともがくことではありません。いいですか?

 

「今の自分のいい部分を見つけて伸ばそう」と思うことなんです。

 

僕は「他人に振り回されて心を痛めない程度」には周りのことを気にしないようにしています。

でも、何よりも自分自信の気持ちに正直に、人にやさしくしてあげられる人間でいたい。と思っています。

 

だからもし今、自分があまりにも周りを気にする性格で、心臓に毛を生やしたいと悩んでいる人がいたら、いったんその考えは忘れて、自分の良さをもう1度探してみましょう。

毛なんか生えてなくっていいです。ツルツルの心臓を持つひとは皆優しい。

 

いつまでも「人に優しく」できて、「思いやり」を忘れない人間になりたいと僕は思います。